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時間

ふと時間の流れについて考えてみる。

時間と言う物は見える物でもなく、触れる物でも無い、そもそも物体ではなく
抽象的な概念。
どちらかと言えば、始めから存在する現象、
物体が動く事、何かの状態が変化する事、その過程
その変化、その違いを観測するためのとりあえずの仮定、定義。

相対的にしかその存在を観測出来ない何か。
同じ速度で動く針の、ある点からその次の点までの動き、速さと距離のそれ以外。

それ自体を認識する事は出来ず、時計の針が動く事に寄って、あるいは
日が昇り、また沈む事によって、A点からB点へ動くXの早さと距離によって
観測される何か。

時間は観測に寄って求められる物だと定義するなら、次の仮定はどうか

全宇宙、あるいは全空間を満たす、完全なる単一物体が存在するとする。
継ぎ目も無く、分解も不可能。
そしてこの物体は何億年、何兆年、無限の時間が過ぎても、劣化も変化もしないとする。
と言う事は、この場合時間は停止していると言えるのではないか。

あるいは、空間は度外視し、完全なる単一物体の存在を考察してみる。
それ以上分解せず、破壊も出来ず変化を加える事も出来ない。
この物体内部の時間は停止していると考えられるのか。
逆説的に、その様な状態の物質は時間が停止した物体と言えるかも知れない。

どちらにせよ、物理的に、時間停止と言う事は有り得るのではないかと考える事が出来る。

この理論の問題は、その様な物体が存在する事を証明出来るか否か。
現時点では不可能なので、暫定的に時間停止は不可能、あるいは未知、と結論される。

現実の物理での時間停止は現時点では上記の様に結論し、
次は時間の逆行現象について考える。
一度観測された時間が逆ベクトルに向かって進む現象。

例えば、一度溶けた氷が水になり、また凍って氷になったとする。
これは時間が戻ったと言えるだろうか?否、一度溶けて、また凍っただけであり
時間が戻ったわけではなく、むしろ時間は連続して進んでいる。

何故そう言えるか?連続した現象を観測しているからである。

では時間が逆行すると言う事はどういう事か。
時間が観測される事によって証明されるものであるならば、時間の逆行を証明する物は
観測の逆行であると言える。

つまり、これはAだ、という認識が、だAはれこ、と戻っていく事であると考えられる。
同時に、時間の経過によって起こった全ての現象が逆行し、原初の状態方向(逆時間方向)に向かって
進んでいくことになる。

この理論の問題は、観測の逆行を観測出来ない事にある。
観測が逆行していくという事は、新たにその現象を観測する事が出来ず、
それどころか、過去の蓄積された現象だけをたどって全てが逆行するため
一切の新しい認識が不可能になると考えられる。

つまり、観測が不可能であるがゆえに、時間の運動と認める事が出来ず
時間の逆行は不可能、あるいは観測不能と言う事になる。

ただし、これは観測者が逆行する現象の主体である事が前提である。
逆行する時空間が観測者と分断されているならば、時間逆行の観測が可能である。

しかし、観測者にとっての主体時間は一定であり、逆行する時空間はその
観測者の主体時間の中ではやはり観測される時間の経過であって、これを
時間逆行と言えるかどうかは判断が難しい。
ひとまずこの状況を観測可能な時間逆行と表現する。

この観測可能な時間逆行は実現が可能と考えられる。
コンピュータ上のあるプログラムは、上の行から下の行までを実行する事によって一定の動作を起こし
また、そのプログラムを下の行から上の行に逆方向に実行する事によって動作を反転させる事が出来るとする。

この場合、上行から下行までのプログラムの流れを時間の進行、下行から上行までの流れを
時間の逆行と表現出来ると考えられる。

さらに飛躍した仮定として、現在の人類と同程度のランダムな思考が可能な
AIプログラムを構築出来るとする。また、そのプログラムが認識可能な仮想空間情報を
そのAIプログラムに与えられるとする。また、そのAIプログラムには先天的な情報を与えず
現実の生命の様に、環境に対する反応だけを与えるとする。

そのAIプログラムは周囲の環境を認識し、それに対して反応し、自我をも形成する。
このAIプログラムの主観は、現実の人類の主観と比べて相違はないと考えられる。
このプログラムを記述し、実行した物、あるいは観測者は、このプログラムの主観時間とは
独立した別次元から、このプログラムの流れを観測出来る。
プログラムであるため、停止させる事も、前述の条件に寄り、逆行させる事も可能である。
また、ある行のAIプログラムを切り離し(コピーし)、上方(過去の)行に付け加える事が出来る。
この場合、切り離され、上方に移動させられたAIプログラムの主観では、過去の時間に
移動した様に感じられると考えられる。

この方法であれば、時間の停止、逆行は可能である。
ある時点のAIプログラムに対し、下行の現象情報を与える事によって、
その時点のAIプログラムは未来の情報を知る事が出来ると言える。

AIプログラムの主観においては、その情報をもたらした存在を神と表現するかも知れない。

ここまではコンピュータのプログラムとして考えて来たが
これを我々の次元の現実として考える事も出来る。

すなわち、我々の住む世界は何者かによるプログラムであって、現在の時間の流れ
ありとあらゆる現象は、与えられた環境情報であり、それはプログラムを組んだ存在にとっては
改変も、停止も、可能な物である可能性は否定出来ない。

つまり、今後我々の前に神と呼ばれる様な存在が現れる可能性もあり
また、時間移動等の現象も起こりえると考えられる。

ただし、現在大多数の人類に認識可能な状態で、神と呼ばれる様な存在が
現れた証拠や時間移動の痕跡は観測されておらず、、高位の観測者の存在を
証明する事は不可能である。

また、仮に時間停止、移動、逆行などの現象が発現していたとしても
主観がその現象の中に含まれていた場合、それを認識する事は不可能である。

それらの存在を観測・証明する唯一の方法は、その行為の観測者が、我々に
認識可能な状態で、ハッキリと姿とその能力を表す事である。
これまでにそう言った現象は観測されておらず、今後永久に起こりえないと言う判断が
一般的であると考えられる。

あるいは、一般、これまで、と言う認識すら実体はなく、
自分、世界、そう呼ばれる認識は、今この瞬間に観測者によってプログラムされた物であり
また一瞬の後には全て消え去っている物である可能性も考えられる。

結論として、観測出来ない物は(その時点では)存在しない、と言う定義によって
こう言った考察を停止させる事によってしか、我々の認識は安定しえないと言える。


暫定的に、以上。
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